参考資料2
                               


海洋地球研究船 「みらい」
長期観測研究計画 











1 0 2



目次
. はじめに                          
. 観測研究の課題                       
 2.1 熱循環の解明                      
  2..1 目的                         
  ..2 研究課題                      
  (1)西部熱帯太平洋の観測研究
  (2)大気 - 海洋相互作用に係る観測研究
  (北太平洋亜熱帯・亜寒帯循環系の変動に関する観測研究
  (4)北極海域の観測研究
 . 物質循環の解明                     
  ..1 目的
  ..2 研究課題
  (1)高緯度域における物質循環の観測研究
  (2)赤道域における基礎生産力観測研究
 . 海洋生態系の解明                    
  2..1 目的
  ..2 研究課題
  (1)プランクトン群集の観測研究
  (2)深海生物の生態系調査研究
 . 海洋底ダイナミクスの解明               
  2..1 目的
  ..2 研究課題
  (1)海洋底ダイナミクスの解明についての観測研究
. その他の留意すべき事項                   
 . 人工衛星データの校正・検証
.2 定常的に取得するデータ
.3 新しい海洋観測技術の積極的利用


. はじめに
この長期観測研究計画の目的は、平成9年9月「みらい」運用体制検討委員会でとりまとめられた「みらい」利用計画に従い、今後10年間程度を見通した「みらい」を用いて実施すべき観測研究について科学的目標、課題を設定し、「みらい」中期運航計画作成の際の指針を示すことにある。
基本的には「みらい」はできるだけ一般に広く利用されることが望まれるが、一方科学的目標をしぼり込んで研究成果を着実に上げていく必要がある。そこで、この長期観測研究 計画の作成の方針を以下の通りとした。
(1)平成5年12月の海洋開発審議会第4号答申「我が国の海洋調査研究の推進方策について」で示された4つの重点基盤研究テーマ(熱循環の解明、物質循環の解明、海洋生態系の解明、海洋底ダイナミクスの解明)を骨格とする。
(2)地球科学技術フォーラム/地球観測委員会の「みらい」観測計画分科会において、広く意見をもとめ本計画に反映させる。
(3)「みらい」の特徴を活かした観測研究の大筋を示すことに主眼を置く。

熱循環の解明においては、大気の1000倍以上の熱容量を持ち地球上の98%の水が集中する海洋は、表層から深層にわたる複雑な海水循環や大気との熱のやり取りを通じて地球全体の熱平衡に重要な役割を果たしており、その実態の解明が中心となる。特に、海水温や海流の変動は、異常気象や気候変動の原因となりこのメカニズムの解明が待たれている。物質循環の解明においては、地球温暖化の原因となる二酸化炭素等のさまざまな物質を大量に吸収しているが、これらの物質が海洋中でどのように運ばれ、どのように分布し、どのように変化するのかを明らかにしていくことが中心である。これは、地球温暖化の予測能力を向上する上でも重要である。海洋生態系の解明においては、植物、動物プランクトンやその他海洋生物の生態を調べ、その複雑な生態系を海洋環境と関連付けながら明らかにする。海洋底ダイナミクスの解明では、海底下で起こっている地殻変動の原因、その結果としておこる諸現象を地球的規模で体系的に調べることを中心としている。
近年、地球環境問題の顕在化を背景に地球の諸現象を総合的に捉え、全体を統一的な体系として理解する必要性が指摘されており、上記の4研究テ−マもその観点から定められている。気候変動の問題をとってみても、気圏、水圏、地圏、生物圏をまたいだ、様々な物理、生物地球化学的過程や、時・空間的スケ−ルで現象が進行するので、これらの複雑に絡みあった現象を解きほぐしていく作業が必要となる。
例えば、物質循環の研究テーマとして扱われる大気中での二酸化炭素などの温暖化物質の挙動を調べる場合、それらの物質の大気−海洋間及び、海洋表層−深層間、海水−海底境界面での輸送過程が重要であるが、それには、熱循環の研究テーマで扱う海水循環や、大気循環の研究の進展が不可欠である。さらに、海洋生態系も海洋表層において、植物プランクトンの光合成により取込まれた炭素の一部を、有機物として食物連鎖を通じ海洋深層まで効率的に輸送する役割を果たしている。一方、海底に堆積したそれら生物の化石の生物種及び、化学組成から過去の海洋環境の歴史的変遷を推測することができる。それらを総合的に解明していくことが、気候変動解明の基礎となる。したがって、各研究テ−マ間の連携をとりながら、個々の観測研究を進めていくことが肝要である。
「みらい」利用計画にも述べられているように、「みらい」は、大型の船体を活かした以下の優れた特徴を有している。夏期の北極海などの流氷域も航行が可能な耐氷性、冬期の北太平洋などの荒天域での観測を可能にした航行・作業性、多数の海洋観測ブイが搭載可能でありかつブイハンドリング能力に優れている。さらには多様な観測機器を搭載しており、その海洋観測機器のなかでは、特に、深層まで海水を大量に採取できる大型採水システム、表層海水連続観測装置、そして各種海水分析装置は充実している。海洋のみならず大気の観測装置も充実しており、Cバンドドップラーレーダーにより海洋上の降水過程の観測や、大気ガス分析装置により大気化学の観測も可能にしている。マルチナロービーム測深機、サブボトムプロファラー、重力計、磁力計、また堆積物採取のためのピストンコア等の海洋底に関わる地球物理の観測も可能である。上記の観測機器を充分に活用できるよう、観測技術員による観測支援体制も充実している。これらの特徴を活かし、今後国内外の研究者の協力のもと、地球環境変動の解明に向けて、学問領域を越えて総合的に観測研究を実施していく必要がある。

. 観測研究の課題
.1 熱循環の解明
..1 目的
近年、大気・海洋における気候変化が危惧され、IPCC (気候変動に関わる政府間パネル)報告にみられるように各国政府は何らかの方策をたてることが要請されている。その方策は科学的根拠にもとづく必要があるが、いまだ人類は気候変化は勿論のこと気候変動の特性さえも十分に理解し、予測する段階には至っていない。しかし、1980年代以降、徐々にではあるが気候システムを構成する地球大気の振る舞いが、海洋の変動に大きく依存していることが明らかになりつつある。この最も著しい例が、いわゆる熱帯海洋のエル・ニーニョ(El Nino)現象として知られるものである。エル・ニーニョは、ペルー沖合いに北から暖流が逆流してくる季節的な現象を現地の船乗り達が指す言葉であったが数年程度の間隔で暖水が東太平洋熱帯域の広範囲に広がり、長期間(1年程度)持続することがあり、このような海洋現象を指す用語となった。同時に、エル・ニーニョが起こると積雲対流の活発な場所が東方にずれるため大気の大循環にも強い影響を与え、熱帯地方のみならず世界各地の異常現象との関連において社会的にも注目されるようになった。そのため、TOGA Tropical Ocean Global Atmosphere)をはじめとする国際的な気候研究計画において様々な取り組みがなされたのである。例えばTAO Tropical Ocean Atmosphere)による気象・水温観測、ボランティア船による表層水温観測、漂流ブイによる流れ場の観測がほぼ定常的に行われるようになった。しかしながら、大気・海洋結合モデルを用いてその発生予測をするには大気・海洋の季節変動から年々変動の領域で解明すべき課題が多く残されておりこれらの観測網を維持、発展させていくことが必要である。特に気象観測、および水温、塩分等の海洋観測の機能を充実させたトライトンブイの展開を担うことは「みらい」の重要な役割の一つである。 
水は、氷 - - 水蒸気の相変化による熱の吸収・放出 を伴いながら、地球上を循環している。水循環には、大別して海流などの海水循環と雲などを介する淡水循環とがある。地球規模での淡水循環を考えるとき、地球表面の70%以上を海面が占める事実より、海洋と大気との間の交換が極めて重要な役割を持つ。事実、アジアモンスーンやエル・ニーニョ現象の解明には 大気- 海洋相互作用の立場での理解が不可欠である。特に、両者の媒体として「雨」は特別な意味を持つ。雨のもととなる雲の形成には、海面水温や海上の水蒸気量の分布が決定的な因子である。これは海洋から大気への作用である。一方、雨は海洋の水温、塩分を変化させる。つまり、これは大気から海洋への作用である。これが降水現象を通した大気- 海洋相互作用の一形態である。これまで海洋における降水の観測は、洋上観測の技術的困難さ等の理由から皆無に等しい状態であり、離島でのごく僅かなデータを利用するしかなく、現象の解明に常に障害となってきた。水蒸気が凝結して雲粒・雨粒になるためにはその核となる微粒子(エアロゾル)の存在が必要であるが、陸上と海上では大きくその分布が異なるため、雲の成因過程も異なってくる。また、離島であっても、海洋と地面の比熱の違いで海陸風が起きることから、島では朝と夜に対流が発達し易いという特徴が見られる。つまり海洋の観測は海洋で行わなければならないことの例である。このように、陸地の影響を受けていない純粋な海洋上空に発達する雲とそれによりもたらされる降雨、その降雨が引き起こす海洋の変化はこれまで実質的に行われたことのなかった領域である。世界で始めて船舶搭載型Cバンド・ドップラーレーダーが、「みらい」に常時搭載されることとなった。これにより、純粋に海洋上の降水現象を観測する手段ができたといえる。今後、熱帯域における対流雲のメカニズムの解明及び降水量観測を手始めとして、中緯度域に見られる季節・地域固有の降水現象の解明に観測研究を進めていく必要がある。
数年スケールの変動の代表的なものはエル・ニーニョであり、その影響は大気・海洋のさまざまな経路を通して中高緯度にも及んでいる。また、地球温暖化の可能性に伴い近年注目を集めるようになってきた十年規模の変動は、亜熱帯・寒帯の相互作用、亜熱帯・熱帯の相互作用等、北半球全体がフィードバックシステムをなしているものと考えられている。したがって、気候変動を捉えるためには熱帯太平洋と同様に北太平洋規模の長期的な観測システムが必要である。一方、気候変動に特に影響の大きい海域における集中型の観測も重要である。特に、現在の大気海洋結合モデルでは大気と海洋間での熱交換の精度が悪く、モデル同士を比較した場合中緯度域で100W/m2 もの差があった。特に、黒潮続流域での差が大きい。黒潮続流域は十年規模の気候変動がもっとも顕著に現れる海域だが、そのメカニズムを解明するには誤差が10W/m2 以下にならなければならない事が分かってきた。これは、海洋混合層、大気境界層、水平乱流・混合による熱輸送等のモデル化にいまだ問題があることを示している。また赤道域の暖水プールでは強い降水のため表層に低塩分層ができて鉛直混合が阻害され、海表面で非常に高温の海水が生成される。このようなプロセスを精度よくモデル化することはこれまでできていない。したがって、これらのプロセスを高精度の観測により解明し、モデルの高度化に資していくことが肝要である。すなわち、太平洋における十年規模気候変動のメカニズム解明には、⑴気候変動のシグナルを捉えるための太平洋規模の長期的な観測網、⑵集中型の海域実験によるプロセス研究、という二つの側面が必要となる。特に、集中型の観測では、従来の計測装置を充実させるとともに、海洋音響トモグラフィーのような新たな観測技術も積極的に用いることが望まれる。「みらい」の運航に際してはこの両者の均衡をとりながら実施していくことが重要である。
温暖化などにより地球環境に変化が起こるとそれが正のフィードバックを加速しさらに大きく変化する恐れがある。気候モデルの結果によるともっとも顕著なのは北極域であり、特に、海洋や海氷を通しそのフィードバックの効果が強く現れるものと考えられている。しかもそれは温暖化により氷が溶け、さらに温暖化する、という単純なものばかりではなく、氷が溶け大量の淡水が大西洋に流れ出すことにより熱塩循環を止め、逆に寒冷化フィードバックを引き起こす可能性さえ指摘されている。このように北極域の気候変動は社会的に重大な影響を与えるものと思われているにもかかわらず、厳しい自然条件と国際的な政治状況もあってそのフィードバックシステムはほとんど解明されていない。北極海域においても、気候、環境変動の予測モデルのための現場データの蓄積、および、極域特有の氷海域の大気海洋の素過程の解明が望まれる。
地球温暖化現象は温室効果ガスの放出等による人為的原因によりもたらされているとされている。地球温暖化を定量的に議論する場合、自然界に元来存在している変動と、 二酸化炭素等、温暖化物質量の変化による強制的な応答、を分離しておく必要がある。自然界に元来存在している変動は、海洋・気候物理学の過程として捉えることができるであろう。すなわち、熱循環とその変動のメカニズムを捉えることに他ならない。近年の話題である1970年代半ばの北太平洋域の気候ジャンプも、太平洋赤道域の海面水温が特に日付変更線より東で約1℃上がったことと関係があるという説もあり、気候システム変化の監視や予測の上で海洋の重要性が高まっている。また、二酸化炭素等の物質循環過程を調べ温暖化物質量の変化を捉えることは、温暖化に伴う放射強制力の変動を捉えるもの、といえるだろう。海洋は大気中二酸化炭素の約60倍の炭素を蓄積させておりそのプロセスを解明することは極めて重要である。生物が積極的に関わっているため非常に複雑なプロセスであり、物質循環研究および海洋生態系の研究と密接な連携のもとに観測研究を推進していく必要がある。

..2 研究課題
(1)西部熱帯太平洋の観測研究
モンスーン変動や、エルニーニョの解明に向け、トライトンブイの展開を図りながら、以下の観測研究の推進が必要である。
1. 熱帯域の海洋/大気フラックス
西部熱帯太平洋の暖水プールから東部インド洋において、大気から海に与えられる熱エネルギー、運動エネルギー及び降雨を観測し、暖水プールにおける混合層の変動の解明を行う必要がある。
2. 熱帯海洋の海流変動
暖水プールには、南赤道海流、赤道潜流、北赤道反流、北赤道海流のみでなく、黒潮、ミンダナオ海流、ニューギニア沿岸潜流などの流入流出があり、これらが暖水の蓄積・散逸に大きく寄与していると考えられておりその研究を進める必要がある。
3. インドネシア通過流とその周辺の海洋構造
太平洋からインドネシア多島海を介してインド洋への低塩分・高温の水・熱輸送があり、この量の変動によるフィリピン海南部や、インド洋東部の海洋構造の変動の実態を解明するが必要がある。この西部熱帯太平洋は、南北両半球の中層、深層の海洋循環研究の視点からも重要である。

(2)大気 - 海洋相互作用に係る観測研究
1. 熱帯海洋上における対流雲形成のメカニズム
 (イ)大規模場の降水現象の研究
エル・ニーニョやモンスーン等の大規模場の現象と関係して海上で発達する雲による降水過程の観測研究が必要である。特に、熱帯域においては空間スケールが100kmから数1,000km規模、時間スケールも数日から数週間の組織化された雲軍がしばしば観測され、これらは、十分な降水量をもたらすので、その内部構造を正確に解明する必要がある。
 (ロ)放射過程の観測研究
シュミレーションモデルにおいて問題となっている放射過程のパラメタリゼーションを陽に取り込むことを目標とした観測研究を実施する必要がある。特に、大気境界層や海洋表層における日変化の役割の評価がきわめて重要である。
 (ハ)雲および降水域の空間分布特性
海洋上空の水・熱収支を正確に求めるためには、雲および降水域の空間分布の把握が必要である。さらに、この分布がどのような因子により決定されているのかを調べなくてはならない。この分布決定に寄与する1例として、西部赤道太平洋海域上空に中緯度から極端に乾燥した空気塊が侵入し対流発生を抑制している現象も観測される等、熱帯と亜熱帯間の交換過程の研究も必要である。
2. 中緯度域に見られる季節・地域固有の降水現象
中緯度域、特に日本近海でこれまで陸地からの観測研究しか実施されてこなかった季節や地域に固有の降水を伴う現象を大気ー海洋相互作用の観点で観測研究を行うことが必要である。
 (イ) 梅雨における海洋 - 大気相互作用
 (ロ)冬季日本海における豪雪過程
 (ハ)亜熱帯から温帯域への台風通過時の構造と海洋変動
3. 海洋上の大気化学的観測研究
 (イ)海洋上大気のエアロゾルおよびオゾンの分布
エアロゾル粒子は太陽光を反射することにより(アルベドを増大)地球表面を冷却する効果を有する。エアロゾルの持つ、この放射影響が最近注目されており、中でもアジア・太平洋域は二酸化硫黄などの排出量の急激な増加のために、大気冷却が強くはたらく地域として考えられている。グローバルな地球温暖化傾向の中で、地域的な大気の冷却は地球全体のエネルギーバランスを崩し異常気象をもたらす原因となる。しかし、西部北太平洋をはじめとする海洋エアロゾルの研究が充分に行われていないために、エアロゾルと放射影響との関係は依然として大きなブラックボックスのままであり、この実態の解明が望まれる。
大気中のオゾンも放射・化学過程で重要な役割を果たしているが、特に大陸上とは異なる化学過程が起こっていると考えられる海洋上の対流圏は、観測が少ないためその時空間分布はよく理解されておらず、海洋上での観測が必要である。
 
北太平洋亜熱帯・亜寒帯循環系の変動に関する観測研究
1. 10年/数10年スケールの表層・中層循環の変動
2.  強風・高波浪域における、砕波を含む運動量・物質交換過程などの大気海洋相互作用
3. オホーツク海等の縁辺海と北太平洋との水・熱交換過程の実態解明
北太平洋の亜熱帯黒潮続流域及び亜寒帯域は、熱循環の面では大気への熱の供給源として、物質循環の面では二酸化炭素等の温暖化物質の吸収域として、地球規模の気候変動において極めて重要な位置を占めると考えられる。また、中緯度域に広く見られる塩分極小層で代表される「北太平洋中層水」は、縁辺海のひとつであるオホーツク海との海水交換過程を経て亜寒帯域で形成されると考えられる。このオホーツク海は、本格的な海氷が形成される海としては、地球上で最も低緯度にあり、冬季の海氷成長に伴って生産される低温・高塩分水は、親潮系水の灌養源となりつつ「北太平洋中層水」へとつながっている。
一方、二酸化炭素が、黒潮続流域を横切り亜寒帯域表層から中緯度域中層へと輸送される可能性の高いことも指摘されている。数十年スケールの気候変動の予測向上のためには、以下のように、亜寒帯循環系の変動、「北太平洋中層水」に代表される固有水塊の形成・輸送機構、二酸化炭素等の温暖化物質の吸収・輸送過程の実態を解明することが不可欠である。オホーツク海、ベーリング海を含む亜寒帯海域は冬季の厳しい気象・海象条件等の理由で、他海域と比較して観測研究が遅れているのが現状である。「みらい」を駆使した研究を開始する必要がある。

(4)北極海域の観測研究
1. 大西洋水の流動構造と変質過程
北極海はガルフ・ストリームの最終到達海域であると同時に、全地球を巡る深層循環の出発海域であるグリーンランド海に隣接した海域である。深層水生成の変動に大きく関わるグリーンランド海の海洋構造は、大西洋水(ガルフストリーム起源の水塊)の北極海での滞留時間、変質過程に依存している。深層水生成の変動は深層循環の変動のみならず北大西洋の中層水、表層水の変動にも影響を与えることを通じて中緯度における大気場の変動に影響を及ぼすとされている。大西洋水は北極海の陸棚斜面に沿って流れており、米国アラスカ州バロー岬沖は、北極海の陸棚斜面が最も沿岸近くに位置すると同時に夏期に海面が露出する海域である。本研究では、陸棚斜面を横切る観測線においてCTD観測、長期間にわたる係留観測を行い大西洋水の北極海での滞留時間、変質を評価する必要がある。
2. 北極海成層構造の形成過程
陸棚域-陸棚斜面-海盆間の水塊交換は、北極海の成層構造を決定する重要なプロセスである。北極海の成層構造の如何により、海面冷却によって生じる対流深さが決まり、対流の深さは海氷生成過程に大きな影響を与える。北極海の成層構造を決定する現象は、陸棚斜面での渦運動に伴う水塊交換、海谷を通じての水塊交換であると考えられており、この解明が望まれる。
3. 河川水の供給と海氷、海洋構造の変動
チュクチ海への淡水供給は、主として北極海シベリア沿岸に流出する河川およびベーリング海アラスカ沿岸に注ぐユーコン川によりなされている。北極海における淡水量の変動は海氷変動に寄与しており、その関連の実態を解明する必要がある。
4. 沿岸ポリニア域における大気-海氷-海洋相互作用
チュクチ海沿岸は冬季においても海面が露出する沿岸ポリニアが出現する海域である。沿岸ポリニアが出現する場所は、大気-海洋間の相互作用が最も顕著に現れる場所であると同時に、海氷生成が最も盛んな場所であり、海氷-海洋相互作用が最も活発に行われる場所である。冬季における沿岸ポリニアの出現場所は海岸地形に関係しており、チュクチ海では、ベーリング海峡の北東部にあり、ここでの大気-海氷-海洋相互作用の解明が重要である。
5. 北極海における放射収支
大気、海氷、海洋の3相が存在する北極海の放射収支を立体的に把握し、北極海域における大気、海氷、海洋の変動の実態を把握するための情報を得る必要がある。特に夏期の北極海では、層状雲が頻繁に出現し、雲と海氷面との間での多重散乱が起こり、放射学的フィードバックが働くと考えられている。このような、大気-海氷-海洋結合システムでの放射収支を様々な大気、海氷、海洋の状態のもとで観測し、定量的に評価する。そのためには、広い領域で観測を行う必要があるため、ドップラーレーダーを搭載した「みらい」による観測が不可欠である。
海氷もしくは雪氷面の状態(アルベド)は、大気-海氷-海洋結合システムでの放射収支を決定する上で重要なパラメータとなる。海氷、雪氷面でのアルベドを広域にわたって観測する必要がある。また、大気-海氷の界面における相互作用の物理過程及びその変遷を調べるために海氷のコアリングが有効である。


. 物質循環の解明
..1 目的
産業革命以来、大気中の二酸化炭素濃度が増加し地球温暖化が懸念されている。大気中二酸化炭素の今後の増加率を知り、地球気温の上昇、および気温上昇に伴う海面上昇や生態系の変化を予測するためには、人類起源放出の二酸化炭素の全球的な循環過程を把握する必要がある。そのためには地球表面積の70%を占め、大気中二酸化炭素の約60倍の炭素を蓄積している海洋における炭素循環過程を把握する必要がある。現在、各国が様々な海域で物質循環研究を実施し、各海域におけるプロセス研究を実施している。一方では様々な生物地球化学的モデルが構築されつつあり、海洋における各元素の分布や海洋の二酸化炭素吸収能力についてのシュミレーションが実施されている。この中で北西部北太平洋、および南極海は、全海洋の物質循環過程、引いては地球環境まで制御する可能性を秘めているものの総合的な生物地球化学的集中観測は行われてこなかった。
上記の高緯度海域における物質循環研究を実施し、海洋の炭素循環をコントロールする生物地球化学的因子について研究し、同海域、引いては全海洋のもつ地球環境の制御機能を明らかにする。第一期は北西部北太平洋、第二期は太平洋南極域を研究海域とし、これらの海域、および全球的な現在、過去、未来の物質循環過程を明らかにする。従来荒天時の観測が困難であった各海域において「みらい」を用いて10年間の観測を行い、最初の5年間は各海域の日変動、季節変動の把握、残りの5年間は経年変動を把握することを到達目標とする。これらの研究で得られたデータ、および国内外の研究機関の海洋観測データ、さらにシュミレーション結果を基に、地球規模の物質循環過程を明らかにする。

東部太平洋から中部太平洋まで広がる赤道湧昇域、西部太平洋の暖水プール域、西部太平洋からインド洋に流れるインドネシア通過流域における生化学的パラメータの観測が必要である。この観測を通し、植物プランクトンの基礎生産力の評価及び炭酸ガスの海洋における固定能力の評価を加え、低緯度海洋域の生化学現象の変動と気候変動との係わりを解明することが可能となる。

..2 研究課題
(1)高緯度域における物質循環の観測研究
高緯度海域は海水温度が低く、荒天時が多いため、特に冬季において二酸化炭素を始めとする物質が大気-海洋間で活発に交換されていると考えられ、海洋における炭素循環に関して重要な海域の一つである。さらに、栄養塩の蓄積された深層水の湧昇に関連し、植物プランクトンの基礎生産力が高く、またケイ藻種が優占種であるので、表層で生物により固定された二酸化炭素は他の多くの物質とともに、中・深層へ活発に効率よく輸送されていると考えられる。
従って高緯度海域において総合的な生物地球化学的研究が必要である。しかし従来の海洋観測船では観測が困難であることが多く、高緯度海域における総合的な生物地球化学的研究例は極めて少ない。そこで、 北部北太平洋及びその隣接海域において時空間的に連続して生物地球化学的パラメーターの観測を行い、粒状物の生成/分解過程、粒状物質/溶存物質/ガス成分の輸送過程、およびその堆積過程を把握し、高緯度海域の地球環境変動に関わる役割を解明する必要がある。
1. 大気-海洋間の物質交換過程
温室効果気体や地球温暖化を抑制する気体の大気-海洋間の交換過程を明らかにする。また、大気経由あるいは流氷によって海洋表層に運ばれる陸起源物質の生物地球化学的物質循環過程への寄与を見積もる必要がある。
2. 生物活動と物質循環の関係
同海域は深層水大循環の終着駅であり、栄養塩に富んだ深層水が湧昇する海域であるため、基礎生産力が高く、しかも珪藻種が優占種であるので表層で固定された二酸化炭素が他の物質と共に効率よく中・深層に運ばれていると考えられる。特に、春にはブルームが起り、物質除去に及ぼす生物活動は最大になる。これらをふまえ、生物活動が海洋の物質循環除去過程に及ぼす影響を時空間的に評価する必要がある。
3. 物質の鉛直・水平輸送過程
北部北太平洋において物質が溶存態、粒子態として鉛直・水平輸送される過程について明らかにすることが重要である。同海域では多くのセジメントトラップ実験が実施されているが、長時間にわたって粒子の補集をした例は少ない。また水塊構造の異なる地点で同時に系統的にセジメントトラップ実験を行った例も少ない。そこで、水塊構造の異なる複数点においてセジメントトラップ実験を実施し、粒子の生成・分解・移動過程について研究する必要がある。
4. 深海-海底間での物質交換過程
観測密度が低い同海域の海底における生物起源物質、陸起源物質の堆積・溶解過程について研究するとともに、古海洋学的研究を行う必要がある。
最終氷河期に大気中二酸化炭素濃度が低下していた事象を説明するためには、海洋のアルカリ度増加と高緯度海域における基礎生産力の増加が必要とされているが、それを証明する完全な証拠は未だに発見されていない。特に北西部北太平洋においては古海洋学的研究はほとんど行われていない。 従って歴史的スケールで同海域での物質の堆積過程について研究し、同海域の堆積環境、海洋表層域での生物生産活動の変遷について観測研究をすすめる必要がある。

(2)赤道域における基礎生産力観測研究
1. 基礎生産力観測
赤道湧昇域における高栄養塩濃度-植物プランクトン低濃度、暖水プールにおける深層植物プランクトン極大層の機構、インドネシア通過流に伴うインド洋の植物プランクトン生産機構を解明する。このため、クリーン採水法により取得した海水の分析、現場法による基礎生産力の測定、また、「みらい」船底搭載の海洋レーザー観測装置による連続の基礎生産力観測を行う。さらに、衛星搭載海色センサーによる広域の植物プランクトン観測データをもとに、現存量の時間変動を求め、「みらい」による基礎生産力観測データと結合し、広域の基礎生産力を評価する必要がある。
2. 炭酸ガス収支観測
赤道湧昇系の海域では、海水中の炭酸ガス分圧は大気中の炭酸ガス分圧に比べ、深層から炭酸ガスが供給されるため非常に高い分圧を示す。一部の炭酸ガスは植物プランクトンの炭素同化作用に利用されるものの、大半の炭酸ガスは、この赤道湧昇において、大気への放出源となっている。一方、暖水プールの炭酸ガス分圧は大気の炭酸ガス分圧と同等の値を示し、平衡状態を保っている。特に、赤道湧昇域における炭酸ガスの大気-海洋間の炭酸ガスの収支を、「みらい」搭載の△pCO2連続分析装置により常時観測し、赤道に沿った太平洋横断の炭酸ガスの交換量を時空的に評価する。
3. その他の生化学パラメータ観測
これまでの観測研究から、植物プランクトンの基礎生産力へ影響を及ぼすその他の生化学パラメータの観測が重要視されている。外洋では、鉄イオンが不足し、植物プランクトンの生産を抑制することが知られている。また、微量金属イオンも植物プランクトンの生産に関わることが知られている。この分析は、採水から分析まで金属系の汚染を嫌い、非常に高度な分析技術が要求される。
栄養塩に関しては、これまでのマイクロ・モルのオーダーからナノ・モルのオーダーの分析技術が要求される。特に、暖水プールのように栄養塩の枯渇している海域では、植物プランクトンが、微量の硝酸塩を利用した新生産であるのか、動物プランクトンからの排泄物であるアンモニアを利用した再生産であるのか、従来の0.2マイクロ・モルの検出限界では判断できないことから、精度の高いまた安定した分析技術を展開する必要がある。
また、セディメント・トラップにより、赤道湧昇に伴う植物プランクトンの増殖とその沈降量、また暖水プールの深層極大の植物プランクトンの増殖とその沈降量など、未だに未観測のパラメータがある。これは、気候変動の影響を受け最も顕著にれる生化学パラメータであり、非常に重要な観測研究となる。
    


. 海洋生態系の解明
..1 目的
地球環境問題が論議され始めて久しいが、取るべき対策については未だに暗中模索の状態である。また、提案されている対策の中には生態系の一部分にだけ負荷をかけ、海洋生態系を破壊しかねない案もみうけられる。的確な変動予測を行い、地球環境を保持していくためには、広大な海洋において営まれている生態系変動機構の解明が必須である。この変動機構解明のかぎを握っているのは微細なプランクトン群集である。海洋研究プロジェクトが行われる際には必ずプランクトン群集に関する調査も組み込まれているが、短期間に大きな変動を示すプランクトン群集の特性を把握できる調査はほとんど実施されていない。これは荒天時の調査が難しく、起こっているであろうダイナミクスな生物の変化を捉えきれていないこと、これまでの観測船では船上における試料の分析がむつかしく生物活性を迅速に把握することができなかったことの2点に大きな原因がある。海洋生態系を解明し、環境問題に対する適切な対処を検討するために、「みらい」によるプランクトン群集の総合的な海洋生態系研究が行われる必要がある。特に、亜寒帯海域、亜熱帯海域および赤道湧昇流において、プランクトンを中心とした生物群集の現存量および生物活性について連続計測を行い、この群集の動態を解明する必要がある。また、各群集間の相互関係について定量的に把握するとともに、物理、化学調査についてもプランクトンスケールに併せて行うことが望まれる。これらの結果から各海域における生態系の構造が解明される。
海洋表層の生態系の他に、深海域にある冷水湧出帯生物群集や熱水噴出孔生物群集といった化学合成生物群集の生態系の解明を行い深海生物群集の形成過程を調べることが重要な課題と考えられる。
..2 研究課題
(1)プランクトン群集の観測研究
典型的な亜寒帯海域であるベーリング海、世界屈指の高い生産性を有する海域である北太平洋極前線海域、典型的な亜熱帯海域である北太平洋南西部および亜熱帯海域でありながら高い生産性を有する赤道湧昇域において、各季節毎に一ケ月程度のドリフト観測を行うことが望まれる。特にベーリング海および北太平洋極前線海域については、変化の大きい春季およびこれまであまり調査が行われなかった冬季の調査を重点的に行う必要がある。
1. 各生物群集(バクテリア、ピコおよびナノ動植物プランクトン、大型植物プランクトン、微小動物プランクトン、大型動物プランクトン)の詳細な現存量および生物活性調査
2. プランクトンからの放出および吸収に関わる溶存物質の変動把握
3. 粒状有機物の現存量および沈降速度の計測
4. 物理量の微細変動の把握
   
(2)深海生物の生態系調査研究
深海域にある冷水湧出帯生物群集や熱水噴出孔生物群集といった化学合成生物群集は、地理的に連続していないにもかかわらず、極めて類似した構成種からなる群集を呈する。そこで、数千kmも離れた群集に同一種や類似種が出現する機構などといった生物群集の形成過程を研究することが重要課題である。
通常の深海生物(非化学合成生物群集)の起源について、高緯度海域から深海域に進出していったとされる説と、深海域が豊かな種形成の場であるという説がある。本研究でいずれが正しいのか検証する必要がある。   
1. 化学合成生物群集
海洋における化学合成生物群集の分布は日本を含めた世界各国のこれまでの調査研究によって図2.3-1に示すような地点で発見されている。これらの群集のうち化学合成生物群集に代表的なシロウリガイCalyptogena二枚貝が分布する群集をみると図2.3-2に示すように太平洋の東西に集中し、南西太平洋にある化学合成生物群集からは出現しない。シロウリガイ属Calyptogenaは共生細菌を保有した独立栄養動物に近いことから、化学合成生物群集沿いに分布を広げていると考えられる。そして、東太平洋と西太平洋をつなぐ道筋となるべく群集を想定するとプレート沈み込み域である千島海溝・アリューシャン海溝域しか考えられず(図2.3-3)、また、この海域は化学合成生物群集ターゲットとした研究は未着手である。同様に、シロウリガイ属Calyptogenaと同様な分布の特徴を有する動物は、ハナシガイ科Thyasiridae二枚貝やヤドリゴガイ科Nautilinielidae多毛類もある。したがって、北西太平洋の千島海溝・アリューシャン海溝域が重要となる(図2.3-4)。
2. 非化学合成生物群集(通常の深海生物群集)
深海生物の起源で、高緯度海域から深海域に進出していったとされる説は、高緯度域と深海域との間に水温のギャップが小さいため進出できたと考えられている。実際に相模湾の漸深海域ではエゾイバラガニParalo mismultispinaといった甲殻類をはじめ、魚類、棘皮動物、軟体動物で高緯度域との共通種が多く認められている。深海域が豊かな種形成の場であるという説は、ベントスの種の多様性は浅海域より水深2000-3000の深海域において極大を示すことから提唱されている。しかし、いずれの仮説についても高緯度深海域で調査可能な「みらい」で調査することが重要である。

. 海洋底ダイナミクスの解明
..1 目的
 白亜紀以来の地球全域での環境の変遷、すなわち、西岸強化流や南極還流などの発生、その流路の時代による変化、またそれに伴う大気の状態や風系との相互作用などの環境変化はすべて、ゴンドワナ大陸の分裂と、それに伴う海陸再配分に端を発している。そして、この大陸の分裂とそれに伴う新しい海洋の形成、現在海底下で起こっている様々な大規模地殻活動は、全て地球内部での物質の移動・運動に起因している。本研究では、これらグローバルスケールの地球内部活動の場を明らかにし、その原因である海洋プレートのダイナミクスを解明することによって、地球内部活動を定量的に評価することを目的とする。そのためには、地球中心核から地球表層に至るまで、様々な手段を駆使し、また、全地球を均等な重みによって調査し、データの蓄積を図ることが不可欠である。
 固体地球内部の変動は、一方では海洋や大気に熱や物質を放出して地球環境に影響を与え、地表に複雑な変動をもたらしている。これらの解明のためには、総合的な観測データに基づく地球内部変動モデル構築が不可欠である。また、海洋プレートの生成・進化・消滅について、これら観測研究と併せて、数値実験手法を用いて総合的に明らかにし、更には、海洋プレートの運動の原動力、エネルギー源を特定することを目指す必要がある。
 地球科学のパラダイムとして、今日確立されているプレートテクトニスの理論は、地球表面での地質現象の多くを説明することができた。しかしながら、近年の調査によって、プレートテクトニクスのみでは説明することの難しい現象が多く存在する。中部〜南部太平洋にかけての広範な海域や、南西太平洋の活動的縁辺海では、巨大プリュームの上昇に伴う地質的広域変動と考えられる現象が多く見受けられる。このことから、「プリュームの力学」をもとに、大陸の分裂と新しい海洋の形成、海嶺での拡大、海溝域での沈み込み、海山の生成等の一連の地学現象の再評価を行うことが必要である。このことはまた、地球内部に起因する現象の変動メカニズムを解明することに必要であるばかりでなく、究極的には防災にも利用できるような地震活動や火山活動の物理的法則への構築へと発展させる道となる。併せて、将来の深海掘削航海(ODP,OD21 ) の事前調査も兼ねるものとして、不可欠である。

..2 研究課題
(1)海洋底ダイナミクスの解明についての観測研究
 地殻が薄く地球内部を観測しやすい海洋底の中でも最も活動的であるプレート境界(中央海嶺、海溝トランスフォーム断層)やプルーム起源海山/海台を中心として、地球内部変動モデル構築のための観測データを体系的に取得する。
 固体地球内部の変動を的確に評価するためには短期間の地球変動シュミレーションと地表への熱・物質収支を評価するだけでなく、核に至る固体地球全体のダイナミクスを解明し、そこから導かれる地球の長期変動の中で、現在の地球の状況を捉える必要がある。このことを勘案して、まず、海洋底の内部構造と熱・物質循環の解明に取り組み、段階的に地球内部のダイナミクスを明らかにしていくことが必要である。当面の課題としては、海洋プレートの生成・進化・消滅と云う観点から、中央海嶺系、ホットスポット帯、プレート沈み込み帯における地殻/上部マントルの詳細構造、地殻の変形と応力分布、熱・物質の放出量の把握、構成物質及び物性の解明にあたることとする。
 しかしながら、南極周辺海域については、かつてゴンドワナ大陸があったとされ、それが分裂したことにより形成され、更に現在も周囲の殆どを大洋中央海嶺に囲まれて拡大を続けている「南極プレート」が存在し、上記諸現象の解明に不可欠であるにも拘らず、海況条件の制約等によって、他の海域に比べて系統的な観測が大幅に遅れており、これら諸問題の解決と定量的な評価のための空白となっている。本研究の実施に当たっては、この様な南極域の形成・発達の歴史、及びその原動力を明らかにすることもその目的の一つとする。北半球の観測データが蓄積した後、南極域の集中的な調査観測を展開し、またその結果をもとに、ひいては全地球系の時空間現象を定量的に評価し、これを完全に計算機上で再現するシミュレータの完成に資する。
 1. 海底地形・重力・地磁気・音波探査による地質構造の解明
 2. 海底地震計による地震活動及び深部構造の解明
 3. 火山・熱水域の活動様式及びその変動の解明
 4. 海底地殻変動の解明
 5. 海底熱量及び熱フラックスの長期変動の観測
 6. 熱水プルームの時空間変動の解明
 7. 熱水活動による海水との物質収支の解明


. その他の推進すべき事項
. 人工衛星データの校正・検証
海洋観測船は海洋の素過程研究、高精度観測において高い能力を持つが、面的な広がりを持つ長期且つ広域の観測については衛星データの利用が不可欠である。一方、衛星データを地球変動研究に利用するためには、十分な校正・検証が不可欠である。これらの点で「みらい」による観測と衛星による観測は相補的な役割を果たし、両者を複合的に利用することによって高い研究成果が期待できる。
地球観測衛星のミッションは、海洋、大気、陸域を含み多岐にわたっているが、この内陸域を除けば多くのミッションは前節までに述べられた研究と密接な関係を持つ。今後5年間に打ち上げられる予定の我が国の地球観測衛星としては、TRMMADEOS2、ALOSがあるが、これらの衛星からは海洋研究に関連ある以下の物理量が得られる。

衛星名    打ち上げ年度  物理量
TRMM   1997      雨量
ADEOS2  2000      海面温度、クロロフィル量、海上風速・風向、
               エアロゾル、気温、水蒸気、APAR、雲の光学的厚さ、
               海氷分布
ALOS    2002      内部波、波長

これら物理量の検証のためには、地球上の広範な海域に於ける検証作業が必要で あり、「みらい」は、極めて有用なプラットフォームである。更に、「みらい」の 場合、常時搭載されている観測機器が多く、そのほとんどが衛星データの検証に有 効であるという点から見ても地球観測衛星の校正・検証に「みらい」を用いる意義 は大きい。

.2 定常的に取得するデータ
上記の人工衛星データの校正・検証のためにも、また従来の荒天海域等のデータ欠落域でのデータを蓄積する観点からも、以下の基本的なデータは定常的に取得する。
海上気象データ
連続海水データ(水温、塩分)
ADCP流速データ
また、海中、大気中の二酸化炭素分圧の計測も重要海域では積極的に取得する。

.3 新しい海洋観測技術の積極的利用
「みらい」では、新しい観測技術の応用をすすめ世界の観測技術のレベルアップに貢献することが必要である。特に、海洋音響トモグラフィー、ドップラーレーダー、海洋レーザー等の活用が望まれる。また、現在最新鋭の「みらい」搭載の観測機器を、将来とも高いレベルに保てるよう配慮する必要がある。