JAMSTEC

海洋地球研究船 「みらい」長期観測研究計画

平成10年2月:海洋科学技術センター

資料1


目次

  1. はじめに
  2. 観測研究の課題
     2.1 熱循環の解明
      2.1.1 目的
      2.1.2 研究課題
       (1)西部熱帯太平洋の観測研究
       (2)大気 - 海洋相互作用に係る観測研究
       (3)北太平洋亜熱帯・亜寒帯循環系の変動に関する観測研究
       (4)北極海域の観測研究
     2.2 物質循環の解明
      2.2.1 目的
      2.2.2 研究課題
       (1)高緯度域における物質循環の観測研究
       (2)赤道域における基礎生産力観測研究
     2.3 海洋生態系の解明
      2.3.1 目的
      2.3.2 研究課題
       (1)プランクトン群集の観測研究
       (2)深海生物の生態系調査研究
     2.4 海洋底ダイナミクスの解明
      2.4.1 目的
      2.4.2 研究課題
       (1)海洋底ダイナミクスの解明についての観測研究
  3. その他の推進すべき事項
      3.1 人工衛星データの校正・検証
      3.2 定常的に取得するデータ
      3.3 新しい海洋観測技術の積極的利用
1. はじめに

この長期観測研究計画の目的は、平成9年9月「みらい」運用体制検討委員会でとり まとめられた「みらい」利用計画に従い、今後10年間程度を見通した「みらい」を用 いて実施すべき観測研究について科学的目標、課題を設定し、「みらい」中期運航計 画作成の際の指針を示すことにある。
基本的には「みらい」はできるだけ一般に広く利用されることが望まれるが、一方科 学的目標をしぼり込んで研究成果を着実に上げていく必要がある。そこで、この長期 観測研究 計画の作成の方針を以下の通りとした。

熱循環の解明においては、大気の1000倍以上の熱容量を持ち地球上の98%の水が集中 する海洋は、表層から深層にわたる複雑な海水循環や大気との熱のやり取りを通じて 地球全体の熱平衡に重要な役割を果たしており、その実態の解明が中心となる。特に 、海水温や海流の変動は、異常気象や気候変動の原因となりこのメカニズムの解明が 待たれている。物質循環の解明においては、地球温暖化の原因となる二酸化炭素等の さまざまな物質を大量に吸収しているが、これらの物質が海洋中でどのように運ばれ 、どのように分布し、どのように変化するのかを明らかにしていくことが中心である 。これは、地球温暖化の予測能力を向上する上でも重要である。海洋生態系の解明に おいては、植物、動物プランクトンやその他海洋生物の生態を調べ、その複雑な生態 系を海洋環境と関連付けながら明らかにする。海洋底ダイナミクスの解明では、海底 下で起こっている地殻変動の原因、その結果としておこる諸現象を地球的規模で体系 的に調べることを中心としている。
近年、地球環境問題の顕在化を背景に地球の諸現象を総合的に捉え、全体を統一的な 体系として理解する必要性が指摘されており、上記の4研究テ−マもその観点から定 められている。気候変動の問題をとってみても、気圏、水圏、地圏、生物圏をまたい だ、様々な物理、生物地球化学的過程や、時・空間的スケ−ルで現象が進行するので 、これらの複雑に絡みあった現象を解きほぐしていく作業が必要となる。
例えば、物質循環の研究テーマとして扱われる大気中での二酸化炭素などの温暖化物 質の挙動を調べる場合、それらの物質の大気−海洋間及び、海洋表層−深層間、海水 −海底境界面での輸送過程が重要であるが、それには、熱循環の研究テーマで扱う海 水循環や、大気循環の研究の進展が不可欠である。さらに、海洋生態系も海洋表層に おいて、植物プランクトンの光合成により取込まれた炭素の一部を、有機物として食 物連鎖を通じ海洋深層まで効率的に輸送する役割を果たしている。一方、海底に堆積 したそれら生物の化石の生物種及び、化学組成から過去の海洋環境の歴史的変遷を推 測することができる。それらを総合的に解明していくことが、気候変動解明の基礎と なる。したがって、各研究テ−マ間の連携をとりながら、個々の観測研究を進めてい くことが肝要である。
「みらい」利用計画にも述べられているように、「みらい」は、大型の船体を活かし た以下の優れた特徴を有している。夏期の北極海などの流氷域も航行が可能な耐氷性 、冬期の北太平洋などの荒天域での観測を可能にした航行・作業性、多数の海洋観測 ブイが搭載可能でありかつブイハンドリング能力に優れている。さらには多様な観測 機器を搭載しており、その海洋観測機器のなかでは、特に、深層まで海水を大量に採 取できる大型採水システム、表層海水連続観測装置、そして各種海水分析装置は充実 している。海洋のみならず大気の観測装置も充実しており、Cバンドドップラ-レ-ダ により海洋上の降水過程の観測や、大気ガス分析装置により大気化学の観測も可能に している。マルチナロ-ビ-ム測深機、サブボトムプロファイラ-、重力計、磁力計、 また堆積物採取のためのピストンコア等の海洋底に関わる地球物理の観測も可能であ る。上記の観測機器を充分に活用できるよう、観測技術員による観測支援体制も充実 している。これらの特徴を活かし、今後国内外の研究者の協力のもと、地球環境変動 の解明に向けて、学問領域を越えて総合的に観測研究を実施していく必要がある。

2. 観測研究の課題
 2.1 熱循環の解明
  2.1.1 目的
近年、大気・海洋における気候変化が危惧され、IPCC (気候変動に関わる政府間パ ネル)報告にみられるように各国政府は何らかの方策をたてることが要請されている 。その方策は科学的根拠にもとづく必要があるが、いまだ人類は気候変化は勿論のこ と気候変動の特性さえも十分に理解し、予測する段階には至っていない。しかし、19 80年代以降、徐々にではあるが気候システムを構成する地球大気の振る舞いが、海洋 の変動に大きく依存していることが明らかになりつつある。この最も著しい例が、い わゆる熱帯海洋のエル・ニーニョ(El Nino)現象として知られるものである。エル ・ニーニョは、ペルー沖合いに北から暖流が逆流してくる季節的な現象を現地の船乗 り達が指す言葉であったが数年程度の間隔で暖水が東太平洋熱帯域の広範囲に広がり 、長期間(1年程度)持続することがあり、このような海洋現象を指す用語となった 。同時に、エル・ニーニョが起こると積雲対流の活発な場所が東方にずれるため大気 の大循環にも強い影響を与え、熱帯地方のみならず世界各地の異常現象との関連にお いて社会的にも注目されるようになった。そのため、TOGA (Tropical Ocean Global Atmosphere)をはじめとする国際的な気候研究計画において様々な取り組みがなされ たのである。例えばTAO (Tropical Ocean Atmosphere)による気象・水温観測、ボ ランティア船による表層水温観測、漂流ブイによる流れ場の観測がほぼ定常的に行わ れるようになった。しかしながら、大気・海洋結合モデルを用いてその発生予測をす るには大気・海洋の季節変動から年々変動の領域で解明すべき課題が多く残されてお りこれらの観測網を維持、発展させていくことが必要である。特に気象観測、および 水温、塩分等の海洋観測の機能を充実させたトライトンブイの展開を担うことは「み らい」の重要な役割の一つである。 
水は、氷 - 水 - 水蒸気の相変化による熱の吸収・放出 を伴いながら、地球上を循 環している。水循環には、大別して海流などの海水循環と雲などを介する淡水循環と がある。地球規模での淡水循環を考えるとき、地球表面の70%以上を海面が占める事 実より、海洋と大気との間の交換が極めて重要な役割を持つ。事実、アジアモンスー ンやエル・ニーニョ現象の解明には 大気- 海洋相互作用の立場での理解が不可欠で ある。特に、両者の媒体として「雨」は特別な意味を持つ。雨のもととなる雲の形成 には、海面水温や海上の水蒸気量の分布が決定的な因子である。これは海洋から大気 への作用である。一方、雨は海洋の水温、塩分を変化させる。つまり、これは大気か ら海洋への作用である。これが降水現象を通した大気- 海洋相互作用の一形態である 。これまで海洋における降水の観測は、洋上観測の技術的困難さ等の理由から皆無に 等しい状態であり、離島でのごく僅かなデータを利用するしかなく、現象の解明に常 に障害となってきた。水蒸気が凝結して雲粒・雨粒になるためにはその核となる微粒 子(エアロゾル)の存在が必要であるが、陸上と海上では大きくその分布が異なるた め、雲の成因過程も異なってくる。また、離島であっても、海洋と地面の比熱の違い で海陸風が起きることから、島では朝と夜に対流が発達し易いという特徴が見られる 。つまり海洋の観測は海洋で行わなければならないことの例である。このように、陸 地の影響を受けていない純粋な海洋上空に発達する雲とそれによりもたらされる降雨 、その降雨が引き起こす海洋の変化はこれまで実質的に行われたことのなかった領域 である。世界で始めて船舶搭載型Cバンド・ドップラーレーダーが、「みらい」に常 時搭載されることとなった。これにより、純粋に海洋上の降水現象を観測する手段が できたといえる。今後、熱帯域における対流雲のメカニズムの解明及び降水量観測を 手始めとして、中緯度域に見られる季節・地域固有の降水現象の解明に観測研究を進 めていく必要がある。
数年スケールの変動の代表的なものはエル・ニーニョであり、その影響は大気・海洋 のさまざまな経路を通して中高緯度にも及んでいる。また、地球温暖化の可能性に伴 い近年注目を集めるようになってきた十年規模の変動は、亜熱帯・寒帯の相互作用、 亜熱帯・熱帯の相互作用等、北半球全体がフィードバックシステムをなしているもの と考えられている。したがって、気候変動を捉えるためには熱帯太平洋と同様に北太 平洋規模の長期的な観測システムが必要である。一方、気候変動に特に影響の大きい 海域における集中型の観測も重要である。特に、現在の大気海洋結合モデルでは大気 と海洋間での熱交換の精度が悪く、モデル同士を比較した場合中緯度域で100W/㎡ も の差があった。特に、黒潮続流域での差が大きい。黒潮続流域は十年規模の気候変動 がもっとも顕著に現れる海域だが、そのメカニズムを解明するには誤差が10W/㎡ 以 下にならなければならない事が分かってきた。これは、海洋混合層、大気境界層、水 平乱流・混合による熱輸送等のモデル化にいまだ問題があることを示している。また 赤道域の暖水プールでは強い降水のため表層に低塩分層ができて鉛直混合が阻害され 、海表面で非常に高温の海水が生成される。このようなプロセスを精度よくモデル化 することはこれまでできていない。したがって、これらのプロセスを高精度の観測に より解明し、モデルの高度化に資していくことが肝要である。すなわち、太平洋にお ける十年規模気候変動のメカニズム解明には、⑴気候変動のシグナルを捉えるための 太平洋規模の長期的な観測網、⑵集中型の海域実験によるプロセス研究、という二つ の側面が必要となる。特に、集中型の観測では、従来の計測装置を充実させるととも に、海洋音響トモグラフィーのような新たな観測技術も積極的に用いることが望まれ る。「みらい」の運航に際してはこの両者の均衡をとりながら実施していくことが重 要である。
温暖化などにより地球環境に変化が起こるとそれが正のフィードバックを加速しさ らに大きく変化する恐れがある。気候モデルの結果 によるともっとも顕著なのは北極 域であり、特に、海洋や海氷を通しそのフィードバックの効果 が強く現れるものと考 えられている。しかもそれは温暖化により氷が溶け、さらに温暖化する、という単純 なものばかりではなく、氷が溶け大量の淡水が大西洋に流れ出すことにより熱塩循環 を止め、逆に寒冷化フィードバックを引き起こす可能性さえ指摘されている。このよ うに北極域の気候変動は社会的に重大な影響を与えるものと思われているにもかかわ らず、厳しい自然条件と国際的な政治状況もあってそのフィードバックシステムはほ とんど解明されていない。北極海域においても、気候、環境変動の予測モデルのため の現場データの蓄積、および、極域特有の氷海域の大気海洋の素過程の解明が望まれる。 地球温暖化現象は温室効果ガスの放出等による人為的原因によりもたらされていると されている。地球温暖化を定量的に議論する場合、自然界に元来存在している変動と 、 二酸化炭素等、温暖化物質量の変化による強制的な応答、を分離しておく必要が ある。自然界に元来存在している変動は、海洋・気候物理学の過程として捉えること ができるであろう。すなわち、熱循環とその変動のメカニズムを捉えることに他なら ない。近年の話題である1970年代半ばの北太平洋域の気候ジャンプも、太平洋赤道域 の海面水温が特に日付変更線より東で約1℃上がったことと関係があるという説もあ り、気候システム変化の監視や予測の上で海洋の重要性が高まっている。また、二酸 化炭素等の物質循環過程を調べ温暖化物質量の変化を捉えることは、温暖化に伴う放 射強制力の変動を捉えるもの、といえるだろう。海洋は大気中二酸化炭素の約60倍の 炭素を蓄積させておりそのプロセスを解明することは極めて重要である。生物が積極 的に関わっているため非常に複雑なプロセスであり、物質循環研究および海洋生態系 の研究と密接な連携のもとに観測研究を推進していく必要がある。

  2.1.2 研究課題
  (1)西部熱帯太平洋の観測研究
モンス-ン変動や、エルニ-ニョの解明に向け、トライトンブイの展開を図りながら、 以下の観測研究の推進が必要である。
(a)熱帯域の海洋/大気フラックス
西部熱帯太平洋の暖水プ-ルから東部インド洋において、大気から海に与えられる熱 エネルギ-、運動エネルギ-及び降雨を観測し、暖水プ-ルにおける混合層の変動の解 明を行う必要がある。

(b)熱帯海洋の海流変動
暖水プ-ルには、南赤道海流、赤道潜流、北赤道反流、北赤道海流のみでなく、黒潮 、ミンダナオ海流、ニュ-ギニア沿岸潜流などの流入流出があり、これらが暖水の蓄 積・散逸に大きく寄与していると考えられておりその研究を進める必要がある。

(c)インドネシア通過流とその周辺の海洋構造
太平洋からインドネシア多島海を介してインド洋への低塩分・高温の水・熱輸送があ り、この量の変動によるフィリピン海南部や、インド洋東部の海洋構造の変動の実態 を解明するが必要がある。この西部熱帯太平洋は、南北両半球の中層、深層の海洋循 環研究の視点からも重要である。

  (2)大気 - 海洋相互作用に係る観測研究
   (a)熱帯海洋上における対流雲形成のメカニズム
    (イ)大規模場の降水現象の研究
    (ロ)放射過程の観測研究
    (ハ)雲および降水域の空間分布特性
   (b)中緯度域に見られる季節・地域固有の降水現象
中緯度域、特に日本近海でこれまで陸地からの観測研究しか実施されてこなかった季 節や地域に固有の降水を伴う現象を大気ー海洋相互作用の観点で観測研究を行うこと が必要である。
    (イ) 梅雨における海洋 - 大気相互作用
    (ロ)冬季日本海における豪雪過程
    (ハ)亜熱帯から温帯域への台風通過時の構造と海洋変動

   (c)海洋上の大気化学的観測研究
   (イ)海洋上大気のエアロゾルおよびオゾンの分布
  (3)北太平洋亜熱帯・亜寒帯循環系の変動に関する観測研究
   (a)10年/数10年スケールの表層・中層循環の変動
   (b) 強風・高波浪域における、砕波を含む運動量・物質交換過程などの大気海洋相互作用
   (c)オホーツク海等の縁辺海と北太平洋との水・熱交換過程の実態解明
北太平洋の亜熱帯黒潮続流域及び亜寒帯域は、熱循環の面では大気への熱の供給源と して、物質循環の面では二酸化炭素等の温暖化物質の吸収域として、地球規模の気候 変動において極めて重要な位置を占めると考えられる。また、中緯度域に広く見られ る塩分極小層で代表される「北太平洋中層水」は、縁辺海のひとつであるオホーツク 海との海水交換過程を経て亜寒帯域で形成されると考えられる。このオホーツク海は 、本格的な海氷が形成される海としては、地球上で最も低緯度にあり、冬季の海氷成 長に伴って生産される低温・高塩分水は、親潮系水の灌養源となりつつ「北太平洋中 層水」へとつながっている。
一方、二酸化炭素が、黒潮続流域を横切り亜寒帯域表層から中緯度域中層へと輸送さ れる可能性の高いことも指摘されている。数十年スケールの気候変動の予測向上のた めには、以下のように、亜寒帯循環系の変動、「北太平洋中層水」に代表される固有 水塊の形成・輸送機構、二酸化炭素等の温暖化物質の吸収・輸送過程の実態を解明す ることが不可欠である。オホーツク海、ベーリング海を含む亜寒帯海域は冬季の厳し い気象・海象条件等の理由で、他海域と比較して観測研究が遅れているのが現状であ る。「みらい」を駆使した研究を開始する必要がある。

  (4)北極海域の観測研究
   (a)大西洋水の流動構造と変質過程
   (b)北極海成層構造の形成過程
   (c)河川水の供給と海氷、海洋構造の変動
   (d)④沿岸ポリニア域における大気-海氷-海洋相互作用
   (e)北極海における放射収支
 2.2 物質循環の解明
  2.2.1 目的
産業革命以来、大気中の二酸化炭素濃度が増加し地球温暖化が懸念されている。大 気中二酸化炭素の今後の増加率を知り、地球気温の上昇、および気温上昇に伴う海面 上昇や生態系の変化を予測するためには、人類起源放出の二酸化炭素の全球的な循環 過程を把握する必要がある。そのためには地球表面積の70%を占め、大気中二酸化 炭素の約60倍の炭素を蓄積している海洋における炭素循環過程を把握する必要があ る。現在、各国が様々な海域で物質循環研究を実施し、各海域におけるプロセス研究 を実施している。一方では様々な生物地球化学的モデルが構築されつつあり、海洋に おける各元素の分布や海洋の二酸化炭素吸収能力についてのシュミレーションが実施 されている。この中で北西部北太平洋、および南極海は、全海洋の物質循環過程、引 いては地球環境まで制御する可能性を秘めているものの総合的な生物地球化学的集中 観測は行われてこなかった。
上記の高緯度海域における物質循環研究を実施し、海洋の炭素循環をコントロールす る生物地球化学的因子について研究し、同海域、引いては全海洋のもつ地球環境の制 御機能を明らかにする。第一期は北西部北太平洋、第二期は太平洋南極域を研究海域 とし、これらの海域、および全球的な現在、過去、未来の物質循環過程を明らかにす る。従来荒天時の観測が困難であった各海域において「みらい」を用いて10年間の観 測を行い、最初の5年間は各海域の日変動、季節変動の把握、残りの5年間は経年変 動を把握することを到達目標とする。これらの研究で得られたデータ、および国内外 の研究機関の海洋観測データ、さらにシュミレーション結果を基に、地球規模の物質 循環過程を明らかにする。

東部太平洋から中部太平洋まで広がる赤道湧昇域、西部太平洋の暖水プール域、西部 太平洋からインド洋に流れるインドネシア通過流域における生化学的パラメータの観 測が必要である。この観測を通し、植物プランクトンの基礎生産力の評価及び炭酸ガ スの海洋における固定能力の評価を加え、低緯度海洋域の生化学現象の変動と気候変 動との係わりを解明することが可能となる。

  2.2.2 研究課題
  (1)高緯度域における物質循環の観測研究
高緯度海域は海水温度が低く、荒天時が多いため、特に冬季において二酸化炭素を始 めとする物質が大気-海洋間で活発に交換されていると考えられ、海洋における炭素 循環に関して重要な海域の一つである。さらに、栄養塩の蓄積された深層水の湧昇に 関連し、植物プランクトンの基礎生産力が高く、またケイ藻種が優占種であるので、 表層で生物により固定された二酸化炭素は他の多くの物質とともに、中・深層へ活発 に効率よく輸送されていると考えられる。
従って高緯度海域において総合的な生物地球化学的研究が必要である。しかし従来 の海洋観測船では観測が困難であることが多く、高緯度海域における総合的な生物地 球化学的研究例は極めて少ない。そこで、 北部北太平洋及びその隣接海域において 時空間的に連続して生物地球化学的パラメーターの観測を行い、粒状物の生成/分解 過程、粒状物質/溶存物質/ガス成分の輸送過程、およびその堆積過程を把握し、高 緯度海域の地球環境変動に関わる役割を解明する必要がある。
   (a)大気-海洋間の物質交換過程
   (b)生物活動と物質循環の関係
   (c)物質の鉛直・水平輸送過程
   (d)深海-海底間での物質交換過程
  (2)赤道域における基礎生産力観測研究
   (a)基礎生産力観測
   (b)炭酸ガス収支観測
   (c)その他の生化学パラメータ観測
 2.3 海洋生態系の解明
  2.3.1 目的
地球環境問題が論議され始めて久しいが、取るべき対策については未だに暗中模索の 状態である。また、提案されている対策の中には生態系の一部分にだけ負荷をかけ、 海洋生態系を破壊しかねない案もみうけられる。的確な変動予測を行い、地球環境を 保持していくためには、広大な海洋において営まれている生態系変動機構の解明が必 須である。この変動機構解明のかぎを握っているのは微細なプランクトン群集である 。海洋研究プロジェクトが行われる際には必ずプランクトン群集に関する調査も組み 込まれているが、短期間に大きな変動を示すプランクトン群集の特性を把握できる調 査はほとんど実施されていない。これは荒天時の調査が難しく、起こっているであろ うダイナミクスな生物の変化を捉えきれていないこと、これまでの観測船では船上に おける試料の分析がむつかしく生物活性を迅速に把握することができなかったことの 2点に大きな原因がある。海洋生態系を解明し、環境問題に対する適切な対処を検討 するために、「みらい」によるプランクトン群集の総合的な海洋生態系研究が行われ る必要がある。特に、亜寒帯海域、亜熱帯海域および赤道湧昇流において、プランク トンを中心とした生物群集の現存量および生物活性について連続計測を行い、この群 集の動態を解明する必要がある。また、各群集間の相互関係について定量的に把握す るとともに、物理、化学調査についてもプランクトンスケールに併せて行うことが望 まれる。これらの結果から各海域における生態系の構造が解明される。
海洋表層の生態系の他に、深海域にある冷水湧出帯生物群集や熱水噴出孔生物群集と いった化学合成生物群集の生態系の解明を行い深海生物群集の形成過程を調べること が重要な課題と考えられる。

  2.3.2 研究課題
  (1)プランクトン群集の観測研究
典型的な亜寒帯海域であるベーリング海、世界屈指の高い生産性を有する海域である 北太平洋極前線海域、典型的な亜熱帯海域である北太平洋南西部および亜熱帯海域で ありながら高い生産性を有する赤道湧昇域において、各季節毎に一ケ月程度のドリフ ト観測を行うことが望まれる。特にベーリング海および北太平洋極前線海域について は、変化の大きい春季およびこれまであまり調査が行われなかった冬季の調査を重点 的に行う必要がある。
    (a)各生物群集(バクテリア、ピコおよびナノ動植物プランクトン、大型植物プランク トン、微小動物プランクトン、大型動物プランクトン)の詳細な現存量および生物活 性調査
    (b)プランクトンからの放出および吸収に関わる溶存物質の変動把握
    (c)粒状有機物の現存量および沈降速度の計測
    (d)物理量の微細変動の把握

  (2)深海生物の生態系調査研究
深海域にある冷水湧出帯生物群集や熱水噴出孔生物群集といった化学合成生物群集は 、地理的に連続していないにもかかわらず、極めて類似した構成種からなる群集を呈 する。そこで、数千kmも離れた群集に同一種や類似種が出現する機構などといった生 物群集の形成過程を研究することが重要課題である。
通常の深海生物(非化学合成生物群集)の起源について、高緯度海域から深海域に進 出していったとされる説と、深海域が豊かな種形成の場であるという説がある。本研 究でいずれが正しいのか検証する必要がある。 
  
   (a)化学合成生物群集
   (b)非化学合成生物群集(通常の深海生物群集)
 2.4 海洋底ダイナミクスの解明
  2.4.1 目的
 白亜紀以来の地球全域での環境の変遷、すなわち、西岸強化流や南極還流などの発 生、その流路の時代による変化、またそれに伴う大気の状態や風系との相互作用など の環境変化はすべて、ゴンドワナ大陸の分裂と、それに伴う海陸再配分に端を発して いる。そして、この大陸の分裂とそれに伴う新しい海洋の形成、現在海底下で起こっ ている様々な大規模地殻活動は、全て地球内部での物質の移動・運動に起因している 。本研究では、これらグローバルスケールの地球内部活動の場を明らかにし、その原 因である海洋プレートのダイナミクスを解明することによって、地球内部活動を定量 的に評価することを目的とする。そのためには、地球中心核から地球表層に至るまで 、様々な手段を駆使し、また、全地球を均等な重みによって調査し、データの蓄積を 図ることが不可欠である。
 固体地球内部の変動は、一方では海洋や大気に熱や物質を放出して地球環境に影響 を与え、地表に複雑な変動をもたらしている。これらの解明のためには、総合的な観 測データに基づく地球内部変動モデル構築が不可欠である。また、海洋プレートの生 成・進化・消滅について、これら観測研究と併せて、数値実験手法を用いて総合的に 明らかにし、更には、海洋プレートの運動の原動力、エネルギー源を特定することを 目指す必要がある。
 地球科学のパラダイムとして、今日確立されているプレートテクトニスの理論は、 地球表面での地質現象の多くを説明することができた。しかしながら、近年の調査に よって、プレートテクトニクスのみでは説明することの難しい現象が多く存在する。 中部〜南部太平洋にかけての広範な海域や、南西太平洋の活動的縁辺海では、巨大プ リュームの上昇に伴う地質的広域変動と考えられる現象が多く見受けられる。このこ とから、「プリュームの力学」をもとに、大陸の分裂と新しい海洋の形成、海嶺での 拡大、海溝域での沈み込み、海山の生成等の一連の地学現象の再評価を行うことが必 要である。このことはまた、地球内部に起因する現象の変動メカニズムを解明するこ とに必要であるばかりでなく、究極的には防災にも利用できるような地震活動や火山 活動の物理的法則への構築へと発展させる道となる。併せて、将来の深海掘削航海( ODP,OD21 ) の事前調査も兼ねるものとして、不可欠である。

  2.4.2 研究課題
  (1)海洋底ダイナミクスの解明についての観測研究
 地殻が薄く地球内部を観測しやすい海洋底の中でも最も活動的であるプレ-ト境界 (中央海嶺、海溝トランスフォ-ム断層)やプル-ム起源海山/海台を中心として、地 球内部変動モデル構築のための観測データを体系的に取得する。
 固体地球内部の変動を的確に評価するためには短期間の地球変動シュミレ-ション と地表への熱・物質収支を評価するだけでなく、核に至る固体地球全体のダイナミク スを解明し、そこから導かれる地球の長期変動の中で、現在の地球の状況を捉える必 要がある。このことを勘案して、まず、海洋底の内部構造と熱・物質循環の解明に取 り組み、段階的に地球内部のダイナミクスを明らかにしていくことが必要である。当 面の課題としては、海洋プレ-トの生成・進化・消滅と云う観点から、中央海嶺系、 ホットスポット帯、プレ-ト沈み込み帯における地殻/上部マントルの詳細構造、地 殻の変形と応力分布、熱・物質の放出量の把握、構成物質及び物性の解明にあたるこ ととする。
 しかしながら、南極周辺海域については、かつてゴンドワナ大陸があったとされ、 それが分裂したことにより形成され、更に現在も周囲の殆どを大洋中央海嶺に囲まれ て拡大を続けている「南極プレ-ト」が存在し、上記諸現象の解明に不可欠であるに も拘らず、海況条件の制約等によって、他の海域に比べて系統的な観測が大幅に遅れ ており、これら諸問題の解決と定量的な評価のための空白となっている。本研究の実 施に当たっては、この様な南極域の形成・発達の歴史、及びその原動力を明らかにす ることもその目的の一つとする。北半球の観測デ-タが蓄積した後、南極域の集中的 な調査観測を展開し、またその結果をもとに、ひいては全地球系の時空間現象を定量 的に評価し、これを完全に計算機上で再現するシミュレ-タの完成に資する。
    (a)海底地形・重力・地磁気・音波探査による地質構造の解明
    (b)海底地震計による地震活動及び深部構造の解明
    (c)火山・熱水域の活動様式及びその変動の解明
    (d)海底地殻変動の解明
    (e)海底熱量及び熱フラックスの長期変動の観測
    (f)熱水プル-ムの時空間変動の解明
    (g)熱水活動による海水との物質収支の解明
3. その他の推進すべき事項
 3.1 人工衛星デ-タの校正・検証
海洋観測船は海洋の素過程研究、高精度観測において高い能力を持つが、面的な広が りを持つ長期且つ広域の観測については衛星デ-タの利用が不可欠である。一方、衛 星デ-タを地球変動研究に利用するためには、十分な校正・検証が不可欠である。こ れらの点で「みらい」による観測と衛星による観測は相補的な役割を果たし、両者を 複合的に利用することによって高い研究成果が期待できる。
地球観測衛星のミッションは、海洋、大気、陸域を含み多岐にわたっているが、この 内陸域を除けば多くのミッションは前節までに述べられた研究と密接な関係を持つ。 今後5年間に打ち上げられる予定の我が国の地球観測衛星としては、TRMM、ADEOS2、 ALOSがあるが、これらの衛星からは海洋研究に関連ある以下の物理量が得られる。


これら物理量の検証のためには、地球上の広範な海域に於ける検証作業が必要であ り、「みらい」は、極めて有用なプラットフォ-ムである。更に、「みらい」の場合 、常時搭載されている観測機器が多く、そのほとんどが衛星デ-タの検証に有効であ るという点から見ても地球観測衛星の校正・検証に「みらい」を用いる意義 は大きい。

 3.2 定常的に取得するデ-タ
上記の人工衛星デ-タの校正・検証のためにも、また従来の荒天海域等のデ-タ欠落域 でのデ-タを蓄積する観点からも、以下の基本的なデ-タは定常的に取得する。
また、海中、大気中の二酸化炭素分圧の計測も重要海域では積極的に取得する。

 3.3 新しい海洋観測技術の積極的利用
「みらい」では、新しい観測技術の応用をすすめ世界の観測技術のレベルアップに貢 献することが必要である。特に、海洋音響トモグラフィ-、ドップラ-レ-ダ-、海洋レ -ザ-等の活用が望まれる。また、現在最新鋭の「みらい」搭載の観測機器を、将来と も高いレベルに保てるよう配慮する必要がある。